でゅら~の暇つぶし

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【レポート】WEST SIDE STORY (映画) 2022.02.13更新

 ミュージカル映画の古典が、Spielberg の手でリバイバル

 それを公開初日に観てきました。

 ネタバレを含むので注意してね。

 

 

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www.20thcenturystudios.jp/movies/westsidestory

 

タイトル:

  West Side Story

  ウエスト・サイド物語

上映会場:

  成田 Humax

上映時間:

  157分

映画公式:

www.20thcenturystudios.jp

 

 

West Side Story とは】

 1957年、米国で初演されたミュージカル。

 制作陣は、脚本:Arthur Laurents, 音楽:Leonard Bernstein, 歌詞:Stephen Sondheim, 原案:Jerome Robbins による。1961年、映画化。

 下敷きとなっているのが「Romeo and Juliet」作:William Shakespeare ので、Tony と Maria の悲恋と思われがちだけど、根底にあるのは、米国の人種差別と貧困ゆえの少年非行問題で、ふたりの恋愛を中心に少年の更生までを描いた作品。

 舞台も映画も世界中で大ヒットしたので、ご存知の方も多いと思います。

 

【 感 想 】

 この作品をどのような切り口でみるか?

 人それぞれの切り口によって大きく感想が変わる作品だと感じた。

 ただ、ハッキリ言えることは、Spielberg は、最大のリスペクトを込め、本作の製作にあたったということ。

 1961年映画 (以降、オールド) は、ミュージカル風映画として観られた作品だったが、本作は、より映画的なカメラワークが目立ったと感じた。それゆえ、オールドが好きな方々からすると、ダンス・シーンを物足りなく感じたと思う。

 しかし、ミュージカルにはない、映画ならではのカメラワークで表現される躍動感も、作中存分に発揮されており、甲乙つけ難い。最終的には、どちらが好みかに尽きるだろう。

 ぼくは、ダンス・シーンの群舞の迫力や一体感などは、オールドの方が好みだが、カメラワークによって個々が映え、見せ方が凝らしてある本作もまた良いと感じた。

 

 本作は、非行少年たちが更生するまでの物語だと、ぼくは考えているので、Tony が死ぬところで終わってしまうと、どうにもやるせない気持ちになってしまう。

 ウエスト・サイド物語は、下敷きが「Romeo and Juliet」ということもあり、恋愛ものとして観る方も多いと思うが、ぼくは違うので、Tony と Maria よりも、Jet’s, Shark's の面々に惹かれてしまう。

 

 Shark's とは顔役だ。

 コミュニティ内外のさまざまなもめごとを調停する。

 アメリカ社会からすると、厄介ごとには必ず関わってくるプエルト・リコ系非行少年グループに過ぎないが、コミュニティ内からは、泣く子もだまると一目置かれ、信頼されている。

 だから、”America” では、大勢の Puerto Rican が集い、シーンに花を添えた。

 Shark’s 外で重要な人物というと Chino。

 Chino は、Shark’s 入団が許されていない。それは、腕っぷしが弱いとかそういう理由ではない。

 彼は、将来を見据え、夜間学校にまで通ってがんばっている。だからBernardo も「Chinoなら」と Maria の相手にと認めた。そういう人物。ただの気弱なガリ勉野郎じゃない。

 Shark's は、若い衆で組織されるコミュニティの自警団だが、外からみたら非行少年の集まりに過ぎず、大事な妹の相手には将来有望であったとしても、犯罪歴がない人物が良い。でも一本芯の通った男気がないといざというときに頼りにならない、という兄の心遣いがここに表れている。

 Chino も Bernardo を尊敬し、信頼に恥じない男になろう。そうありたいという想いを行動で表していた。

 初登場のときは、Bernardo の下っ端みたいな風にも見えたが、それはただの一面でしかない。

 その後のダンス・シーンや、深夜の決闘場、そして仇討ちのシーンで、それらは明らかになる。

 Bernardo は Chino を、生真面目で気弱だがやるときはやる男。とみているし、Chino は Bernardo を、頼れるリーダー。自分も彼を支え、コミュニティに貢献したいと考えている。そんなお互いをリスペクトしている節がみられた。

 

 Jet's は愚連隊だ。

 Jet’s (家族) 以外の全てに牙をむき、犯罪行為を繰り返す。

 ”Jet’s Song” での人々の反応は、我が物顔で犯罪行為を繰り返す Jet's に辟易したようす。それを「仲間がいればそれ以外はどうでもよい」とどこ吹く風の Jet's。

 しかし、彼らひとりひとり見た場合、そこまでだいそれたことができる人間に見えない。

 彼らは、貧困故に愛を知らずに育った身も心も貧しい子供だからだ。

 家庭にも居場所がない、本当の意味での社会のつまはじきものとして描かれている。それが Jet's 。

 これらは、作中の「なにが迫害されてるだ!おまえらには帰る家があるだろうが!」という感じのセリフ、それと ”Gee, Officer Krupke” の歌詞から察することができる。若くして将来をあきらめてしまっている少年たち。それが、貧困層白人少年の多くなのだろう。

 行き場もなく、やるせない想いを抱えた少年たちに居場所を作ろうとした Tony と Riff。

 仲間を集め、ようやく絆というものを実感し、意気揚々と Jet’s としてふるまうようになる。しかし、路地裏で身を寄せ合うやせ細った子犬というのが実態だ。

 Riff は、終始このイメージに一致する。未来に絶望しているあまり落とす陰の描写も納得できる。

 

 オールドでは、バスケコートのある運動場の取り合いだったと記憶しているが、本作では、もっとおおざっぱに「シマの奪い合い」と言っていた。

 Jet’s 、いや、Riff が、どうして必死に抵抗したのか?

 まず、Shark’s の台頭によって思うように振舞えなくなってきており、Jet’s の誇りが傷つけられたこと。そして、ハーレム (面々が生活するスラム) の再開発が進み、居場所がなくなってしまうであろうことのふたつ。特に後者のことが重要だったと思う。

 ハーレムがなくなってしまえば、Jet’s は解散だ。そうしたら野たれ死ぬか搾取されるか、どちらかしかない (と、思い込んでいた) からだ。

 

 アメリカ人じゃないぼくらからすれば、「ハーレムに住む仲間じゃダメなのか?」と思うかもしれないが、そう簡単に割り切れないほど「アメリカ人/移民」「白人/有色」とい壁は高いのだろう。

 しかし、原作舞台では、それを乗り越え、最後、Jet’s, Shark's の何人かが、Doc’s Drug Store で手を取り合って働く姿が描かれており、それが尊く映のだ。

 本作で、大人たちが子供たちに気を配っているシーンも印象に残ったため、結末はそこまで描いてほしかったというのが、正直な感想。

  

 演技で特に気になったのは, Riff (Mike Faist), Bernardo (David Alvarez), Anita (Ariana DeBose), そして Chino (Josh Andres Rivera) 。特に、短いシーンながらも Chino は印象に残った。

 そして、オールドで Anita を演じた Rita Moreno が、Doc’s Drug Store の女主人 Valentina として登場しているので、そちらも注意してみてほしい。

 

 ぼくは、この作品に「更生までの結末」を描いてほしかった。

 しかし、実際に撮られたのは、オールドに無駄な足し算も引き算もない、完全なリスペクト作品だった。

 もちろん、現代風の解釈や演出としていくつかの設定変更はあったが、それは、ぼくが期待したものではなかった。

 そこは残念だけど、また新作として Leonard Bernstein の楽曲を別視点の振付けで楽しめるのは、すばらしく贅沢なことだ。

 オールド・ファンはもとより、多くの新規ファンも獲得できる傑作なのは間違いないので、是非、足を運んでいただきたい。

 

 ただ、「シーンの途中で突然歌いだすのはちょっと...」や、「街中でなんで踊りだすんだよ...」というミュージカル風映画が苦手な方には、おすすめできかねます。

 

 別の楽しみ方としては、新人が多いので、未来の大スターを早いうちからチェックしたいというアクター・マニアにもおすすめですよ。

 

 そうそう、Tony 役の Ansel Elgort は、DJ として ULTRA JAPAN に出演 (ANSOLO) しているので、そっちも紹介しておこうか。

 

Ansolo - Ultra Japan 2015

www.youtube.com