でゅら~の暇つぶし

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【レポート】ジョーカー JOKER (映画/字幕)



タイトル:
  Joker
    邦題:ジョーカー
上映会場:
  TOHO CINEMAS
上映時間:
  122分 / R15指定

 DCコミックスバットマン」に登場する人気悪役「ジョーカー」の誕生秘話という触れ込みの話題作。
 封切り後の評判が高く気になっていたんだけど、ようやく観にいってきたよ。


【 Joker とは? 】

 DCコミック「バットマン」ってあるよね。アニメや映画にもなっているし、有名な作品だ。
 それに出てくる悪役で、「ジョーカー」という人気キャラクターいるんだけど、本作は、その誕生秘話という位置づけで紹介されているよ。

 「バットマン」でのジョーカーは、頭がキレるカリスマとして描かれていたけど、その誕生については、いくつかの変遷があるみたい。
 まあ、DCコミックでの初登場は、1939年とだいぶ歴史の深いキャラクターでもあるので、そういうのはしかたないと思うし、それはこの映画「ジョーカー」の評価には関係ないかな。

 本作では、アーサー・フレックがジョーカーとなるまでの軌跡が描かれているんだけど、これまでのジョーカー像とはギャップがあり、また、そうなる経緯も複雑であることから、物議を醸しているようだ。

 面白い映画だけど、その内容はひたすら重いので、人を選ぶ作品だと思う。


【 Joker どんな人にオススメ? 】

 DCコミック好きならオススメできるんじゃないかな。
 また、コミックじゃなくても、バットマン・シリーズが好きにも。

 本作は、いろいろな切り口から考察ができるので、そういう楽しみ方が好きな人なら、シリーズのファンでなくてもオススメできる。

 ただ、暴力描写や重い展開が苦手な方にはオススメできないよ。


【 Joker 感想というかあらすじみたいなもの 】

 設定からしてかなり重く、希望のある展開もなかったけど、主演の Joaquin Phoenix をはじめ、キャストの怪演もあり、非常に面白い作品だった。
 ただ、暴力的表現もあるため、万人へはオススメしない。

 主人公アーサー・フレックが抱えるいくつかのハンディ・キャップには同情せざるを得ない。

 冒頭は、ハンディを抱えつつも、コメディアンを目指してがんばっていく姿が描かれており、その姿は見る人の胸を打つ。しかし、社会不安が渦巻くゴッサム・シティで生きていくには、周囲の理解も得にくく、難しいという感じだった。

 ストーリーの進行に合わせ、社会保障を失い、職を失っていく。その中でアーサーは「自分は社会に必要ないのでは?」「自分なんて存在しないのでは?」そんな風に落ち込む。ただ、その中にあっても「コメディアンになりたい」という夢だけは忘れずに前向きな姿勢は、「Joker」になるのか疑問をもつほど生真面目さで描かれていた。

 しかし、ふとした弾みで人を殺してしまったことで、道を逸れ深みにはまっていく。

 アーアー・フレックとしては、何の価値も見いだせなかったけど、殺人をきっかけに「人に認められる快感」を覚えてしまう。
 思えばそのときからジョーカーという人格が目覚めたのだろう。

 アーサーがジョーカーとなっていく過程は、様々な演出で描写されていた。その中で、もっとも分かりやすいのは、利き腕だろうか。
 アーサーは右利きだったが、ジョーカーが表面にでているときは左利きだったように感じた。

 また、ストーリーの転機となる箇所で入る BGM にもインパクトがあった。
 前述したが、社会保障、仕事、(妄想だったが) 恋人、絆、それぞれアーサーが信じたものから切り離されているタイミングで挿入されている。
 導入部は重いが美しいと感じる音色は、まだアーサーが正常であることを感じさせるが、次第に深く重くなっていき、絶望をイメージさせる音色になっていった。

 さらに、ハンディを抱えている中で、周囲とのズレが協調されていた。
 アーサーは、コメディをみていても周囲と同じようなリアクションができないことを理解していた。ネタ帳には細かくメモをとるが、どうも理解は遅いような描写だった。
 (マレーフランクリン(劇中にでてくる人気コメディアン)の真意はわからないが)マレー・フランクリン・ショウへの出演理由を「人を笑わせるため」ではなく、「笑いものにするため」と理解したときには、既にジョーカーだったのだろう。

 結果、アーサーという人格は消え、ジョーカーという怪人が完成されたんだろうけど、最後のシーンが意味深で、結局、この作品自体がアーサーの妄想だったかのようにも受け取れる。
 オチとしては、2椴、3椴オチを思わせる内容だが、ハッキリそう伝えないことで、文字どおり妄想が広がる。

 時間をおいて考察することで、本作をこのように解釈するようになった。

 「本作は、ジョーカーの誕生秘話ではなく、ジョーカーによる「人類総ジョーカー化作戦」のためのプロパガンダ作品」

 本作でのジョーカーは、頭脳明晰ではなかったけど、同情や共感をよびやすい生い立ちだし、最後は立派にカリスマ性を発揮した。
 DCコミックのヴィランとしてのジョーカーとは、だいぶイメージが異なるため、こんな解釈になったよ。

 でも、本作をとおして政治的思想をすり込もうとするような意図がないことは、作品を観れば明確なので、作り手もだいぶ気を使って制作したんじゃないかと思う。